「聞きたくない」
「だったら聞かないでよ」
憮然とした美鶴の口調に、聡は息を吸う。
「聞いたり、言ったりしないでよ」
握られた手首を擦る。
「好きだなんて言われたって、私は、自分の気持ちは言ったワケだし、気持ちが変わるワケないし」
「どうしてもか?」
遮るように問われ、美鶴は一瞬言葉に詰まる。
「どうしても、だよ」
胸が締め付けられるように苦しい。それは、気恥かしさからか、申し訳ないという思いからか、それとももっと別の感情なのか。
「どうしても無理。聡の気持ちは受け取れない。諦めて」
「諦めろって、そんな」
「受け取れないんだから、仕方ないでしょう。聡と両思いになる事なんて無いんだから」
「ハッキリ言ってくれるよな」
「本当の事だから」
「なんだよ、お前だって」
ズケズケと突っぱねてくる相手に、聡は思わず声を荒げる。
「お前だって、霞流ってヤローと両思いってワケじゃねぇんだろ?」
言ってしまって、悪い事を言ったという後悔は沸いた。事実、言われた美鶴は言い返す言葉が見つからずに唇を噛み締める。
だが聡は、詫びようとは思わない。
だって、本当の事じゃん。
「だったら、お前だって諦めろよ」
「私は霞流さんに、振られた、ワケ、じゃない」
そうだ。まだ諦める必要はないはずだ。
「だから、諦めない」
「だったら俺も諦めない。俺の気持ちもわかるだろう?」
訴えるような瞳に、美鶴は口を尖らせる。
「でも無理。聡は無理なんだよ」
「どうして?」
「どうしてって」
食い下がる相手に、小さな苛立ちを感じる。
どうして諦めてくれないんだろう?
「どうしてって、だって、あんなコトされたら」
非難めいた言葉に、聡は身を乗り出す。
「悪かったって言ってるだろう」
「今さら謝られたって」
「だって、当たり前だろう」
軽く両手を広げる。
「あんな写真見せられたら、誰だって同じ事するはずだ」
「そんな事ない」
美鶴も言い返す。
「そんな事ない。あんな、部屋に押し入って、あんなコト」
「押し入ってなんかない」
「押し入ったじゃない」
「だって、あんな所で、マンションの入り口で話をするのは嫌だって言ったのは、お前だろう?」
「そうだよ。だってそうでしょう?」
「だったら、部屋に入るしかねぇじゃんか。それとも何か? もっと別な場所でもあったのか? 駅舎とか? 俺はそれでもよかったんだぜ。ただよ、駅舎まで移動してたらサボりがバレるだろうしよ」
「どうしてサボる事が前提なのよ。ちゃんと学校へ行けばよかったでしょう?」
「そこまで待ってられなかったんだよっ!」
拳を振る。
「待ってられると思うか?」
身を乗り出して迫る相手に、美鶴は少し仰け反る。
待っていられると思うか? もし自分が逆の立場だったとしたならば?
「待てるワケねぇだろ? 考えてもみろよ。好きな女が他のヤツとキスなんてしてるんだぜ?」
床へ向って吐き捨てる。
「これでも、ギリギリ抑えた方だと思わねぇか?」
本当なら、瑠駆真を殴って二度と美鶴になど会えないようにしてしまいたい。
美鶴を、自分のものにしてしまいたい。
「瑠駆真と、何があったんだ?」
低く、闇に響くような声。
「小童谷ってヤツと、関係があるのか?」
途端、唇に広がる横暴な感触。
美鶴はギュッと瞳を閉じる。
「言いたくない」
消え入りそうな声で答える。
「思い出したくない。お願いだから聞かないで。忘れたい。写真の話は二度としないでって言ったでしょう? したら二度と口利いてやらないって言ったじゃない」
その姿に、聡は胸の怒りが鎮まっていくのを感じる。
あの写真は、美鶴が望んだモノじゃない。美鶴はむしろ、忘れたいと思っている。
その事実だけが唯一の救い。
美鶴、ずっとこうやって、俺の隣に居てくれたらいいのに。
「美鶴、俺は」
「ごめん」
今度は美鶴が遮る。
「本当に、私には聡の気持ちは」
「やめよう」
聡は言葉を強めた。
「もうやめよう。せっかくのイブなのに、こんな言い争いなんてしたくない」
早口で言われ、美鶴は押し黙る。
「もうやめよう」
そう呟く聡の声が、闇夜に寂しく沁みていく。美鶴はどうしていいのかわからず、仕方なく聡の横にならんで庭を見下ろした。
銀梅花はどこだろう?
こんな時にまで霞流の事を考えてしまう自分が、ひどく薄情に思えた。
聡、どうして私の事なんか好きになったの?
無言のまま並び立つ二人の間を、夜風が冷たく流れていく。
「久しぶりだな」
ポツリと、聡が呟く。
「こうやって一緒にイブを過ごすの、何年ぶりだろう?」
「さぁね」
小さい頃は、よく二人で一緒に過ごした。美鶴の家に聡がやってくる事がほとんどだった。二人でケーキを食べ、クラッカーを鳴らし、ジングルベルの歌を歌った。
楽しかった。
「良かったよ」
ふと、聡の瞳に笑みが浮かぶ。
「またこうして一緒にイブが過ごせて、良かった」
それはまるでかみ締めるかのよう。ゆっくりと味わうかのように言葉を紡ぐ。
「中学卒業してお前がいなくなって、俺、本当にパニくった。もう会えないかと思った。だから、また会えて、こうして一緒に過ごせて、本当に良かったと思ってる。それだけでも、唐渓に入学した意味はあったと思う」
いろいろ手強い学校だけどな。
「お前に逢えて、本当に嬉しかったんだ。本当なんだ」
ゆっくりと見下ろしてくる顔は端正で、男らしくて、でもなぜだか少し優しくもある。
「どうしてもまずはそれを言わないといけないって、ずっとそう思ってた」
「じゃあ、さっさと言ってくれればよかったじゃない」
見下ろされてなぜだか頬が紅潮するのをなんとか隠そうと、美鶴はぶっきらぼうに視線を逸らす。
「お前が言わせてくれなかったんだろう?」
「何? それは私が悪いとでも言いたいわけ?」
「だってさ、お前電話してもメールしても」
そこで言葉を切り、ふーっと息を吐く。
「結局口論になっちまうな。こんな雰囲気で言い争いはしたくないって、さっき言ったばっかなのに」
空を見上げる。
「とにかく、まずはそれが言いたかったんだ。それはわかってくれ」
言いながら、少し情けなくもなる。
なんて味気無い、なんて芸の無い言葉なんだろう。もっと気の利いた言い回しはできないのだろうか? これだから俺は美鶴に振り向いてもらえないのだろうか? せめてもっと優しい言い回しができれば、少なくとも美鶴と言い争ったり喧嘩したりなんてしなくて済むのかもしれない。
優しさが足りないから、なのだろうか?
微かに漂う、無意識に美鶴が意識してしまう優しさの本質に、聡はまったく気づいていない。
仕方ねぇ。今はとりあえず言いたい事言って、聞きたい事聞かねぇと。
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